上総の国の片田舎に古民家という名の廃屋あり。改修再生完了しました
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
初冬の金沢を抜粋で
所用で金沢に行きました。

観光名所のひとつ、長町武家屋敷跡では金沢の初冬の風物詩、「こも掛け」の作業中。
武家屋敷こも掛け
雪と凍結の被害から守るために、土塀にワラと縄で作った「こも」を掛けます。

何度か金沢に行っていますが、ここは古い建物の宝庫。ついでにいろいろ見てきました。
国の重要無形文化財から、県・市指定の文化財、普通に素敵な古い&面白い建物がそこらじゅうにあるのに加えて、
内容種類も、茶屋建築、町屋、武家屋敷(中級~足軽)、前田藩主関係、城郭建築、洋館まで
ものすごく~バリエーションに富んでました。

ですが、民家探訪もちょっと飽きたので(読む方もそうかと)、詳しくはまた別の機会に。
名称のみ列記しておきます。
じっくり見たところもあれば、ちらっと流したものも含みます。

ひがし茶屋街
 蛍屋、志摩(国重要文化財)
玉泉苑 
長町武家屋敷跡
 旧加賀藩士高田家跡、金沢市足軽資料館など
松涛庵(加賀藩藩主の隠居所)
金沢くらしの博物館(旧紫錦台中学校校舎・明治後期の木造洋館)
ひがし茶屋街休憩所・旧湧波家住宅主屋
武家屋敷・旧寺島蔵人邸
成巽閣(国重要無形文化財・前田家奥方御殿)
兼六園/内橋亭など
金沢城公園/菱櫓・五十間長屋(城郭建築の復元)
黒門前緑地/旧高峰家・旧検事正官舎

その他、金沢市指定保存建造物、未指定建築物いっぱい


ほんとにあちこちにあったのに加え、悪天候が多いこの時期の金沢には珍しい好天で、
気が付いたら出張仕事のように欲張ってしまい、まるでこのために行ったよう。

長町武家屋敷跡の路地は、新しいワラのいい匂いでいっばい。
「こも」が掛けられると本格的な冬の訪れの合図なのだとか。
武家屋敷2

建物ばっかりで古民家再生と関係ないじゃないかというお声があるのかもございませんが、
古民家の再生って、昔風にするのか今風にするのかに始まって、修理の方向性がものすごく広いわけで、
ショールーム回ったりするのだけがリフォームじゃないわけで。
(というかウチがまだまだそんな段階じゃない(笑))
古い建物を見て回るのも私にとってはいろんなことを考える参考になってます。
ウチの古民家がいったいどんなもんなのかを判断する参考になるし。


ちょうど紅葉がきれいだったので、季節感のある写真を少し。
武家屋敷・寺島蔵人邸の庭。
寺島蔵人邸のドウダンツツジ紅葉
紅葉していいるのはドウダンツツジ。なんと樹齢300年とか。
ドウダンツツジって関東では低木庭木ですが、金沢ではこのほかにも大きな木を多く見かけました。

寺島邸の庭、紅葉の散り敷いた地面。ジャノヒゲとシダの緑色との対照がクリスマスカラー♪
寺島蔵人邸紅葉の地面

前田藩主の隠居所の移築「松濤庵」。
ガイドブックにあまり載ってないようですが、素晴らしい建物。庭も素敵。
松濤庵
婦人雑誌のグラビアみたい? 

EOS kiss-DigitalN/SIGMA DC 18-50mm F2.8

にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 週末田舎暮らしへ にほんブログ村のランキングに登録中。
バナーを押していただけますとポイントが上がって、ブログ更新の励みになります。
同分野のブログもたくさん見られますよ。


きもの姿が多いのは、単に和風建築にはきものが似合うと思うから。そもそも人物を撮るのが好きなの☆
スポンサーサイト
1金沢は古民家好き天国?前編
12月初旬に金沢に行きました。
以前は時々出張があったので何回か訪ねているのですが、近年は不況で出張がなくなり久しぶり。
時間がとれたので追加で1泊しました。

兼六園に面する道路。天気に恵まれ、紅葉も見頃。
兼六園脇の道路

今回は研修旅行で少し観光ついていたため、武家屋敷などの観光名所も含まれていて、効率的に見られました。
武家屋敷はもちろん素敵だったのですが、そこに至るまでの周辺の民家も

見事な黒塀の門!
黒塀の門

うっとり…逆行で透ける格子がきれいな門。欄間風のものもしゃれてます。
透ける格子の門

街中には
味噌屋
車中から撮ったので斜めです。前から行ってみたいと思いつつまだ叶わない味噌醤油屋。

写真を白黒(セピア)にしてみました。
戦前の写真みたいですけど今のお店です。ガラス戸も木製。
看板は戦後製でしょうけど立派で雰囲気がありますよね。
セピア変換の金物店

研修で食事に行けば… 
老舗の洋食屋(店は現代風)で名物の皿カツ丼。
皿カツ丼 民家とガードレール
店の近くの民家。ガードレールの男の子の絵とのミスマッチがキュートw♪
と、ついつい写真ばかり取っていて団体行動を乱す私(汗)

兼六園に向かえば
兼六園管理事務所
これは兼六園の管理事務所の一部。
「中の見学はできません」という看板がありました。
見たいと思う人が多いのも納得な建物なんです。

近江町市場も行きました。
近江町市場魚屋 近江町市場八百屋

町屋といえば京都が有名ですよね。
(他にも有名で見事なところはたくさんあるでしょうが、古民家初心者のワタクシのイメージ)
京都に行く機会がよくあるのですが、金沢は京都よりも町屋がたくさん残っている印象を受けます。
これは私の目には…好みの問題なのでしょうが、金沢と比べてみると、京都の町屋って観光地化されてるように見えます。いや実際に観光地なので当然ですが、きちんとしすぎている感じを受けます(県民性かも?)。
金沢はそれよりも普段着な感じです。雨や雪が多い気候のせいもあると思いますが、ちょっと埃が積もっているような雰囲気とでもいうのでしょうか。
建物は全体的に金沢の建物の方が古いものが多い感じがします。江戸期の民家がごろごろしているし、古い民家の現役姿がたくさん見られました。ナントカ歴史建築物というようなプレートをあちこちでみかけます。

EOS kiss-DigitalN/SIGMA DC 18-50mm F2.8

にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 週末田舎暮らしへ にほんブログ村のランキングに登録中。
よろしければポチっとお願いします。
2金沢は古民家好き天国?後編
金沢探訪の後編です。前編はこちら。

知人がひがし茶屋街の料理屋「蛍屋」を予約してくれました。
蛍屋外観
赤い弁柄が色っぽい茶屋建築。中は別な意味でもいろいろ面白い建物です。

お膳での食事は初体験! 繊細なのにしっかりした味わいで美味しかったです。
蛍屋食事1 蛍屋食事2

「金沢21世紀美術館」にも連れて行かれましたが(笑)、

それよりも美術館の敷地内?にあった「松涛庵」にしびれてしまいました。
加賀藩13代藩主の隠居所の移築です。各所の繊細な細工が美しく、庭もきれいです。
松涛庵

でも21世紀美術館で、レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」は面白かったです。
プール状の空間の上部に水が張られていて、裏からも下からも眺められます。
プール1 プール2
撮影者もモデルも、簡単に面白い芸術表現ができます(笑)


展示品に興味があり、「金沢くらしの博物館」に行ったら
金沢くらしの博物館
とても素敵な明治の木造洋館でした。元は旧制中学だったそうな。

宿をひがし茶屋街の近くに取ったのですが、宿に行く途中に
揚戸の町屋
こ、これはっ!!なんか見たことあるような気が…

格子窓の民家

こんなの見たら、もうしびれちゃいません?!♪♪♪
米屋
黒い焼き杉?の壁、白いのれんにすっきりと漆黒の文字。力強く端正な文字もいいですねー。
明治期建築の商家が、当時そのままの姿で現役バリバリです♪

↓ひがし茶屋街の散策ガイドマップ 写真もあります。
金沢の総合情報 きまっし金沢 ひがし茶屋街 


近年の京都は、町屋を壊した後にビルを建てたようなところを多く見かけます。
それに比べると、金沢では古い町屋と現代の建物の混在はありますが、ビルは少なく、京都ほどではない感じ。
ただ、民家の隣が駐車場になっているのはよく見かけましたし(車社会なのでしょう)、空家もありました。

京都は三都のひとつで関西の都会ですから、オフィスや住居用のビルの需要は多いでしょうね。
金沢は加賀藩の城下町で栄えたところで、明治以降は急激な近代化は少なく、古い建物が残ったのでしょう。

もしかしたら、雨と湿気が多く、冬は雪が多い独特の気候のせいもあるのかもの勝手に推測。
金沢の町屋は軒が大きく張り出したものが多く、これは気候に合わせて発達した造りなのでしょうね。
大きな軒は雨でも大雪のときでも、通行路となって便利です。

あと保守的で、古風を守る県民性もあるのではと思います。
染織でも加賀友禅は京友禅より古風を残していますから。

それと、現代の建物でも変な建物はほとんど見なかったように思います。
千葉でも東京でも、周囲と調和しない建物(どっかの国風とかおもちゃみたいな家とかケーキみたいな家とか)を見かけますが、そういうのがない。
周囲と調和してない建物って趣味が悪い、美的感覚がないと思うクチなので、こういう場合は地味な建物賛成ですw

こんなのも見つけました。「かなざわ町屋研究所」 HPもありました。
かなざわ町屋研究所

以前の日記で書きましたが、長町武家屋敷跡の冬準備、こも掛け作業中の後ろ姿。
職人大学校ヘルメット
ヘルメットに「金沢職人大学校 本科」と入っています。

調べてみたら、「金沢職人大学校」という学校で、伝統技術の維持とと人材の育成をしています。
大工コースもあって、昔ながらの大工職人の技を教えているようです。

折りを見て、面白かった個々の建物についてなんか書く予定ですが、今後は未定です。

EOS kiss-DigitalN/SIGMA DC 18-50mm F2.8

にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 週末田舎暮らしへ にほんブログ村のランキングに登録中。
よろしければポチっとお願いします。
重文、金沢・成巽閣で“THE 大奥”気分
去年12月に金沢に行きましたので、その時見た建物を気まぐれで書きます。
金沢の古民家全体レポはこちら →前編 →後編

重要文化財「成巽閣(せいそんかく)」
江戸最末期、文久3年(1863)に、加賀藩前田家の13代齋泰が、
母の隆子(12代奥方)のために造営した奥方御殿。
明治維新の5年前ですね。

正門。大きな門、大きな壁です。
成巽閣

でかい門扉、でかい通用門、看板もでかいーー
通用門は馬も通れそう。さすが加賀100万石の母の家。
成巽閣

辰巳長屋。蔵のように見えます。物品や武具を収めていたそうです。
表は正門から続くなまこ塀。 ここは文久5年(1822)造営。
成巽閣辰巳長屋

御殿の入り口。立派ですー
成巽閣建物入口

いろいろなところにいろいろな装飾がいっぱい。
成巽閣

天井は格天井。
(格縁(ごうぶち)と呼ぶ角材を格子に組んた正方形の区画模様の天井。格調高く仕上がる)
成巽閣建物入口格天井
照明のガラスシェードも素敵(後述)。

あちこちに、前田家の家紋「梅鉢」があしらわれています。
成巽閣梅鉢模様

御殿の受付入口。建物内部は撮影禁止なので写真はここまで。
成巽閣

中に入って、広間に出たときに思ったのは、
THE 大奥!
大奥に迷い込んだのかと思いました。♪ちゃ~ら~ 
頭の中に「篤姫」のテーマが流れます(笑)  音楽こちらyoutube 

日本家屋の印象を超える、天井の高さと広さ。
ちなみに成巽閣の敷地は約2000坪。本棟建坪は約350坪ですが、
創建当時は1500坪の御殿だったとか。大きさの規模が違いすぎる~

歩いていても高く広いのですが、昔は座る生活だったことを思い、座ってみると、
ますます天井が高く、空間が広く、そして自分が小さく感じます。
奥方様に見下ろされている気分?

なんて書くとコワそうですが、
大名家にふさわしい風格と、奥方の住居らしい優雅さを備えた書院造り、との説明文句の通り、
随所に意匠を凝らした装飾、華やかな色彩や優美に描かれた花鳥などがあり、見て楽しめます。

完成したのは明治維新まであと5年のとき。篤姫と同時代(「武士の家計簿」とも)。
詳しいことは知りませんが、江戸城大奥は何度も何度も火事で焼けてますから、
江戸城大奥よりも立派な可能性だってなくもない気がします。

室内にはレトロな照明があります。西洋風の照明が室内の雰囲気とよく合っています。
成巽閣電灯
これは入口部分の照明。
テープの説明では、後世に誰だかお偉いさんを迎えるときに作ったそうですが、忘れました。


2階は数寄屋風書院造りの部屋から構成。天井や壁の色彩に特徴があります。もちろん写真なし。


屋根は杮葺き(こけらぶき)。
手割りした椹(さわら、杉)の小板を重ねて葺いたもの。
葺き替え工事中でした。
柿(こけら)葺き
明治期に瓦葺→昭和に銅板→昭和59に創建時のこけら杮葺に葺き替えたそう。
IXY DIGITAL500


御殿内は、雨戸や襖は気持ちよくスカーンと開け放っています。
12月の寒気がすっかすか。

2階の部屋には、ガラスがはまった障子があります(よく古民家でありますよね)。
館内のテープ解説では、当時の人は「障子を開けずに外が見られる♪」と驚き、喜んだそうです。

江戸後期ではまだ電気がありません。
寒いからって雨戸を閉めたら真っ暗。襖や障子だって閉めれば暗くなります。
日本家屋は、湿気の多い風土に合わせて開放的とか低気密とかよくいいますけど、
それもありますが、そもそもは、電気がなかったため採光が目的だったのだなぁと思いました。


御殿の主人、前田隆子/剃髪後・眞龍院が亡くなったのは明治3年(1870)。
「人生50年」の時代の時代とはいえ、
こんな豪華な御殿に住んでいたのが8年間というのは、短くてもったいない。
でも実はこの人、生まれは天明7年(1787)。すると83歳!
当時の人としては驚異的な超長寿です!

ちなみに建物を造らせた人、住んだ人の息子はこんな人。
眞龍院の息子・前田家13代齋泰(1822-1866)。(写真はwikiより)
前田齊泰
昔の羽織は今のより紋が大きいので、梅鉢の紋が目立ってカワイイ♪

青汁の「まずい、もう一杯!」のおじさんに似てる?(古) CMこちら→youtube

EOS kiss-DigitalN/記載のあるもの以外SIGMA DC 18-50mm F2.8

にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 週末田舎暮らしへ にほんブログ村のランキングに登録中。
よろしければポチっとお願いします。
1金沢・重文・茶屋建築「志摩」前編
石川県金沢市への旅、古民家建物の個別レポート第2弾です。

ひがし茶屋街に行きました。朝一番乗りで貸切~♪
金沢ひがし茶屋街
文政3年(1820)に加賀藩が近辺に点在していたお茶屋を集めて町割りした「ひがし廓(くるわ)」。
格子戸と大戸、2階の造りが高い町並みは藩政時代の面影を残し、金沢で最も情緒ある町並み。
国の重要伝統的建造物群保存地域に選定。

お目当ては、国の重要文化財、茶屋建築「志摩(しま)」。
文政3年(1820)建築。
典型的なひがしのお茶屋の造りを江戸時代そのままに残す。
町ができたのと建築が同年。今でいう再開発の時にできたんですね。
志摩入口

入口を入ると2階への階段。
志摩階段

階段の上は高い吹き抜け。明かり取りや音を逃がす効果も。
志摩吹き抜け

階段の裏の囲炉裏。遊ぶ前にはここで待ったのだとか。上が吹き抜けなので煙も逃げます。
志摩いろり

女将を帳面をつけた帳場。芸妓名、時間などを書きつけ、お題は後で清算。
志摩帳場

室内には三味線や提灯など、当時そのまま?の品々が飾られて雰囲気たっぷり。
志摩三味線 志摩提灯

階段を上った2階が客間。壁が真っ赤! 
弁柄色の壁が特徴です。
お客が床の間を背にして座ると、その向かいにある部屋の
志摩座敷1

襖が開くと、ここちを舞台に芸妓が舞や音局を披露したそうです。
シンプルながらしゃれたしかけですね。
志摩座敷2

お客は上流町人(富裕商人)や文人たち。
厳しい身分制度の下、町人に許されたわずかな娯楽の場であったそうな。といっても、
ここで遊ぶには財力はもちろん、楽器・謡曲・和歌・茶の湯などなどの
高い知識や深い教養が求められ、粋人のための社交場だったそう。

江戸の吉原は確か武士も町人も利用するところであったと思ったけれど、
金沢は武士が多いと思うのに、説明によるとここは町人や文人専用だったらしい。
武士の社交場はどこだったのかな。
別の店か別の場所か、茶屋遊びをしなかったのか金がなかったのか…


一番豪華な客間。
弁柄色の壁と春慶塗の違い棚が調和し、天井も高い。
志摩広間1
床の間を背にした客が、向かいの部屋のふすま向こうを舞台に遊芸を楽しんだのは前と同じ。
志摩広間2
ふすまの引手、釘隠し、各所の造作など、許される限りの贅を尽くした造り(→後編)。
贅沢過ぎて、町奉行から差し止めをくった記憶が残っているとか(笑)

当時は鮮やかな色自体がとても贅沢だったでしょうが、それに加えて、
女性の長じゅばんなど、きものの下着類には赤を使っていたから、
赤という色は、今よりもずっと「色っぽい」イメージのある色であったと思います。
でも今日は朝の光の下なので、ちょっと爽やか?(笑)

客間に面する窓辺。
志摩窓辺
透かし彫りなど細部まで手が込んで繊細です。
志摩窓辺


京都の茶屋街もたびたび見ているけど中に入ったことがないので、
私にとっての「お茶屋」とは、宮尾登美子の小説「陽暉楼(ようきろう)」のイメージ。
「陽暉楼」は、土佐で大正~昭和初期に西日本一を誇った茶屋で、
今も料亭として実在する高知の「得月楼(とくげつろう)」がモデルです(建築は明治期)。
小説の中では、

弾き始めの行われる本店二階の大広間は繧繝縁(うんげんべり)を敷きつめて恰度百八十畳あり、
ちょっとした運動会でも出来るこの広さは関西一…
折角前に浦戸湾の景を控えながら、花道付きの本格的な舞台を南側に作りつけて…
抱えの二百幾十人の芸妓が…


180畳って、向こう側がかすんで見えそう(大げさ)。 
豪華な茶屋というとこういうイメージがあったので、
「志摩」は贅沢さの方向が違って新鮮。茶屋建築も地域地方で違いますね。
さすが坂本竜馬を生み出した土佐の地では、お茶屋も豪快? 
いつか行きたや得月楼。 あ、話がずれた(汗)

※追記 得月楼は明治初期の創業で、同業では後発組のため、斬新な作りや企画を設けて人気となりました。
だから土佐の茶屋建築の標準がコレだというわけではないと思うことを付け加えます。
ちなみにもともとの建物は空襲でほとんど焼けてしまい、現在の建物は戦後に立て直したもの。
それでもかなり立派なようですが。

しつこく後編に続く。

EOS kiss-DigitalN/SIGMA DC 18-50mm F2.8

にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 古民家暮らしへにほんブログ村のランキングに登録中。
バナーを押していただけますとランキングの票が入ります。
ここのところブログ村の調子が悪いせいもありポイント激減です。
■自己紹介

みずき

Author:みずき
推定大正期建築の千葉の古民家。放置すれば傷むばかり、とふと思ったことが大ごとに! 千葉と東京・神奈川を往復しつつ改修を目指す日々の記録。柴犬も一緒♪ 題名は「築大正」「先生が住んでいた」との話と、「宮澤賢治が出てきそうな家」と思ったことからの連想。景観と調和し、昔からずっとそこにあるような家を目指して、夢と妄想だけは大きく、千葉のイーハトーヴか、武相荘か!? 
■リンクはご自由にどうぞ。
■ご連絡等はコメント欄、
またはメールフォームからどうぞ。
にほんブログ村 住まいブログ 古民家再生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 古民家暮らしへ
にほんブログ村のランキング参加中

■最新記事
■記事分野
ページ移動

よく読まれる記事
返答

過去の記事
RSS

関係・参加サイト
QLOOKアクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。